1. 合法化された性産業
古代ローマでは、売春は合法とされており、「メリトリクス(Meretrix)」と呼ばれる売春婦たちは、市民社会の一部として認められていました。宗教的・道徳的に禁じられていたのではなく、むしろ社会秩序の一端を担う存在として機能していたのです。
他の古代文明でも売春が容認されていた例はありますが、ローマの特徴は、それが税制度にしっかりと組み込まれていた点にあります。
公共施設と売春のつながり
ローマでは、浴場(テルマエ)、宿屋、劇場など公共施設の周辺に売春宿が併設されていることが多くありました。ポンペイ遺跡からも明らかなように、「ルパナール(Lupanar)」と呼ばれる売春宿が存在し、石造りのベッドや性行為を描いた壁画などが今に残っています。
これらは、売春が市民生活に自然に溶け込んでいた証でもあります。
2. 売春制度の管理と登録制
「メリトリクス」とは?
「メリトリクス」はラテン語で「稼ぐ女」を意味し、売春が“職業”として捉えられていたことがわかります。中には自発的にこの仕事を選んだ女性もいましたが、多くは奴隷や戦争捕虜、または貧困によって強制されたケースでした。
登録制度と身分証
ローマでは、売春婦に対して登録制が導入されていました。登録された女性は「libellus(小冊子)」を所持し、そこには本名、出身地、職業、課税額などが記載されていました。
これは現代の「風俗営業許可証」や「営業届出書」に通じるシステムで、国家が性労働者を公的に把握・管理していたことを示しています。
3. 娼婦税と経済のつながり
vectigal(売春税)とは?
売春婦は「娼婦税(vectigal)」を納める義務がありました。税額はその地位や営業場所によって異なり、定期的に徴収されていました。
この税収は国家財政の一部を担っており、ローマにとって売春は単なる私的行為ではなく、れっきとした「経済活動」だったのです。
自由の裏にある課税と差別
ローマの男性市民は、既婚・未婚を問わず売春婦と関係を持つことが許容されていましたが、その一方で、女性たちは税負担や社会的な差別にさらされていました。
この構造は、現代の性産業にも見られる「自由と抑圧」の問題と重なる部分があります。
4. 社会的地位と身分差
高級娼婦と下層娼婦
ローマには、教養や芸術性を備えた「高級売春婦」も存在しており、裕福な顧客を相手に活動していました。彼女たちは詩や音楽にも通じ、時には政治家の愛人になることもありました。
一方、街角や港で客を取る女性たちは多くが奴隷や元奴隷であり、保護もなく過酷な環境で働いていました。
身分制度と売春婦の立場
ローマ社会では、市民・自由民・奴隷・外国人といった身分によって法律上の扱いが異なりました。市民権を持つ女性が売春に関与した場合、市民権を失うリスクさえあったのです。
売春は「稼げるが見下される」職業という、矛盾を抱えた存在でもありました。
5. 現代との比較と考察
性産業と国家の関係
ローマでは性産業が明確に制度化され、経済と国家の一部として機能していました。登録制と課税制度によって、公的に管理されていたのです。
これは現代における「非合法・非公認」とされる風潮とは対照的で、性と国家の結びつきのあり方に違いが見てとれます。
「合法=保護される」時代だったのか?
一見すると、ローマの制度は女性の権利が守られていたようにも思えますが、実際には多くの売春婦が社会的な差別を受け、法的な保護も不十分でした。
それでも国家が責任を持って制度として管理していたという意味では、現代の曖昧な制度よりも“現実的”な一面があったとも言えるかもしれません。
✅ まとめ
古代ローマでは、売春は合法で課税対象の経済活動でした。性と税が制度として結びついていたこの社会は、現代とはまったく異なる視点を与えてくれます。
ローマの売春制度は、単なる性の提供ではなく、制度・経済・倫理・身分差別といった複雑な問題を内包していました。現代の性産業との比較を通じて、性と社会の関係をあらためて考える機会になるのではないでしょうか。